公益社団法人 日本医業経営コンサルタント協会

2026年6月号リレー連載 木が医療を変える ――空間・人・経営をつなぐ木質化の可能性

第3回 新たな診療環境と経営的な価値の創出

森 一晃

リレー連載木が医療を変える ―― 空間・人・経営をつなぐ木質化の可能性

第3回

医療施設における木造・木質化の最前線

新たな診療環境と経営的な価値の創出

筆者・森一晃氏の顔写真
(株)竹中工務店 医療福祉・教育本部
森 一晃

もり かずあき・2007年東京大学工学部建築学科卒業、2009年同大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了、2009年より竹中工務店で勤務。新柏クリニック、糖尿病みらいの企画、立川綜合病院の企画・設計、小田原市立総合医療センターの搬送ロボット導入等を担当。2019年から林野庁補助事業「医療・福祉施設木材利用促進検討委員会」の医療施設WG委員。2023年一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻修士課程(MBA)修了。一級建築士。

木造・木質化が注目される背景

近年、医療施設における木造・木質化が急速に注目を集めている。その背景には、患者の心身の健康と医療従事者のウェルビーイングな働き方に寄与する空間づくり、2050年のカーボンニュートラル実現、そして木材活用による地域経済活性化と持続可能な森づくりなど多面的な価値の創出がある。

竹中工務店では、2014年日本建築学会賞(技術)を受賞した耐火集成材「燃エンウッド®」(以下、耐火集成材)など独自の木造技術により、これまで困難とされてきた大規模医療施設での木造化を実現した。本稿では、柱や梁など構造部材を木とする木造化、および、内装仕上げとして木を用いる木質化の事例から、設計施工上の課題と解決策、医療施設での木材活用の意義や経営的な価値について考える。

新柏クリニックとその後の展開―― 耐火木造医療施設の先駆け

2016年に新築移転した医療法人社団中郷会新柏クリニックは、千葉県柏市の新柏駅にある透析主体のクリニックである。耐火集成材を医療施設に初めて適用したプロジェクトで、「森林浴のできるクリニック」をコンセプトとしている(写真1)。地上3階建て、延床面積3,131㎡、木造・鉄筋コンクリート造・鉄骨造の混構造で、120の透析ベッドを擁する。

緑に囲まれた新柏クリニックの建物外観。水平に伸びる木質ルーバーの庇が特徴
写真1新柏クリニック(透析ベッド120、腎臓・糖尿病・循環器内科を標榜)

人工透析は週3回、1回4時間という長時間の治療であり、治療環境の質が患者の生活の質(QOL)に直結する。そこで透析室を木造・木質化することとし、柱・梁に採用した。

集成材の特徴を生かし、創出された8m×56mの大空間(写真2)は見通しがよく、医師・看護師は患者を見守りやすい。一方、患者は、柱・梁で緩やかに囲まれており、プライバシーが保たれリラックスできる。ベッド間隔を2m確保できたことに加え、患者同士が向かい合わないベッド配置として飛沫感染抑制に配慮したこともあり、新型コロナ感染症拡大時にも院内感染は発生しなかった。

木の柱・梁・天井に囲まれた新柏クリニックの細長い透析室。両側に透析ベッドが並ぶ
写真2新柏クリニックの透析室

現し(あえて素材を見せる工法)の柱や梁、天井などの木質仕上げにより、木の香りや温もりを感じられ、患者にも職員にも心地よい空間となっている。透析室内から軒まで連続したヒノキの天井は、患者や職員の視線を窓の外へと誘うことで、自然光や緑豊かな眺望を採り入れられる大きな窓(写真3)をより一層効果的なものとしている。腎臓リハビリテーションや糖尿病患者の運動療法のために整備した「めぐりの庭」は、透析室から見渡すことができ、新柏クリニックから雑木林までつながる緑地を形成している。患者や職員は、透析室にいながらにして、視線の先に広がる緑地から豊かな四季の移ろいを感じられる。

大きな窓から緑のめぐりの庭を臨む新柏クリニックの透析室内。窓辺に立つ人物
写真3新柏クリニックからめぐりの庭を臨む

医療施設への木材導入の心理的効果の検証も試みた。新柏クリニックの患者を対象に、移転前後で実施したアンケートからは、新施設に移転したことで、緊張や不安が低減されている可能性が示唆された。

POMS(Profile of Mood States)による陰性気分の測定においては、新施設では旧施設より有意に低い数値が示された(図表1)。また、「木の温もりを感じ、心がなごむ」「木の温かさで、長時間の苦痛がやわらぐ」「香りが良く、クリニックにいる感じがしない」といった回答が得られた。旅行透析などで一時的に利用した患者からは「他の施設では見たことのない素晴らしい環境」との声も寄せられており、木造・木質化された空間が患者体験に好影響を与えていることが推察される。

●図表1 新柏クリニックでのアンケート調査の結果
POMS(短縮版)による「最近1週間の気持ち」分析結果。緊張・不安の指標は旧棟より新棟で有意に低下したことを示すグラフと、旧棟・新棟の透析室の写真

新柏クリニックの透析室の使われ方や職員・患者の声を参考にしながら、合理的に木を採り入れた医療施設が、兵庫県神戸市にある総合病院、公益財団法人甲南会甲南医療センター(461床)である。29の透析ベッドがある透析室(血液浄化センター)に限って、耐火集成材により木造化した(写真4)。併せて、木材の温もりと清潔性を両立させるため、建築主と共に運用に即した木材の使用箇所を選択し、木質化した。全面的な木造・木質化が難しい大規模な総合病院で、エリアを絞って木造・木質化を実現した。

木の柱と大きな窓のある甲南医療センターの透析室。多数の透析ベッドが並び、窓辺に人物が立つ
写真429ベッドある甲南医療センターの透析室

新柏クリニック糖尿病みらい―― LVLによる木造・木質化

新柏クリニックと同一法人が経営する糖尿病みらいは、2020年に開設された糖尿病専門クリニックで、新柏クリニックから1ブロック北側にある。地上1階、延床面積676㎡、鉄骨造・鉄筋コンクリート造・木造の混構造である。

糖尿病外来では、採血、問診、診察、栄養指導、会計という診療ステップごとに待ち時間が生じる。単に「待つ」のではなく、木の温もりを感じ、豊かな自然の中で「過ごす」ことができる「森の待合」を目指した(写真5)。

カラマツの合わせ梁を現しとした勾配天井が広がる糖尿病みらいの待合とスタジオ。庭に面した大開口とゆったりした椅子
写真5糖尿病みらいの待合とスタジオ

患者が過ごす待合は、運動・食事療法を行うスタジオと連続した空間になっており、庭を囲むように配置されている。カラマツのLVL(単板積層材)の合わせ梁を現しとした天井が特徴になっており、軒先まで連続した合わせ梁は屋内と庭の一体感を感じさせる。梁の長さや天井の高さが徐々に変化し、平面的にも立体的にも動きのある勾配天井は、患者や職員の行動を誘発する狙いがある。合わせ梁には荒々しい木目で赤味の強いカラマツを、天井にはヒノキの白木の化粧用構造用合板を素地で使用し、木の色彩や木目など木本来の表情や温もり、香りを効果的に表出させ、心安らぐ空間とした。

設計施工で直面した課題と解決策

医療施設の木造化における最大の課題は、耐火性能の確保である。新柏クリニックや甲南医療センターで採用した耐火集成材は、火災時には外側の「燃え代層」が炭化して遮熱効果を発揮し、「燃え止まり層」が吸熱効果で内側の「荷重支持部」を保護する仕組みにより、国土交通大臣認定を受けている。技術開発は継続しており、耐火時間の延長や適用可能な樹種の追加を実現し、スギなど国産材の有効活用の機会を拡大している。

設備工事の多い医療施設では、設備配線・配管ルートの確保も木造化での重要な課題である。木造に適合した設備ルートの計画は、設計の早期から検討が不可欠になる。たとえば、新柏クリニックでは、耐火集成材の採用により梁を貫通できる配管サイズに制約が生じ、設備設計と意匠設計・構造設計が一体となって対応策を検討した。現在では、「梁の上部に貫通スリーブを設置する」「梁そのものに貫通孔を設けられる別の木造化技術を併用する」など開発技術の組み合わせと工夫により、木造化を選択しやすくなっている。

また、汚染・感染対策も医療施設で求められる要件である。木材は液体を吸収しやすく、ふき取りが難しいので、仕上げ材とする場合、使用箇所の適切な選択が必要である。設計段階で、建築主の運用想定と十分なすり合わせが不可欠で、血液や薬品での汚染の可能性がある箇所には、木材ではなく消毒・清掃可能な仕上げ材を採用すべきである。たとえば、新柏クリニックでは、透析室の床仕上げには血液のふき取りやすさが必須なので、木の採用は見送った。

最後に、避けて通れない課題が建設費である。特に耐火木造の場合、RC造・鉄骨造と比較して割高になりやすい。建物全体の構造計画を最適化しつつ、躯体・仕上げともに木材の効果的な使用箇所を選択することがコストコントロールにつながる。

木造・木質化による経営的価値の創出

新柏クリニックで建築主が木造・木質化した理由は、単に意匠的な選択にとどまらず施設を通じた差別化・ブランディングにあった。

これまでの本連載で言及されているように、医療施設での木造・木質化は、視覚や嗅覚を通じて、生理・心理的な好影響が期待される。木造・木質化が、患者体験の向上や職員の働きやすさにつながることは、新柏クリニックの患者や職員の満足の声にも現れている。また、採用活動に広報費用をかけなくても採用希望者からの応募があるという雇用面への効果も新柏クリニックでは見られた。職員の確保や働きやすさは、医療の質の向上につながり、最終的には患者へと還元される。

糖尿病みらいを含めた木造・木質化を軸とした施設整備は、「柏の森のメディカルケアタウン」(写真6)と名づけられたまちづくりとしての広がりも見せ、地域での認知度向上にもつながった。また、医療機関にもCSR(企業の社会的責任)が求められるようになる中で、木材活用による脱炭素化や地域経済への貢献は、社会的位置付けを高める要素になる。

柏の森のメディカルケアタウンの航空写真。鉄道沿いに新柏クリニックやめぐりの庭などの施設が点在する
写真6柏の森のメディカルケアタウンの航空写真

こうした「木」をキーとするブランディングは、人口減少の中で今後競争が激化する医療市場において、多くの医療機関で経営基盤の強化につながり得る。

医療施設の木材活用の今後の展望

木材の利用拡大のために、医療施設の木造化は開拓の余地がある分野だという意見がある。2024年の建築着工統計調査のデータによれば、医療施設を含む非住宅建築物では木造は10%程度、4階建て以上の非住宅建築物に限ればほとんどないことが背景にある。非住宅建築物の中でも医療施設は社会的に不可欠なので、継続的なニーズという意味でも期待されているのだろう。ただし、前述した課題が解消されているわけではない。特に、耐火木造技術やBIM(ビム:Building Information Modeling)を用いた工場加工技術をさらに進展させることは、コストと品質の両面から必要である。近年の建築基準法改正では、木材の利用促進のために防火規制、構造規制の合理化などが図られている。都市部で木造を実現する手法が増えていることは、医療施設の木造化にも追い風といえる。

木質化については、医療施設での事例が増えることで、木材の使用箇所を適切に選択するノウハウが医療機関・設計者双方に蓄積され、次なる木材利用が促されるだろう。ただし、木材の使用可能な箇所の拡大には、清掃性や耐薬品性など医療施設ならではの要求に対応できる材料や表面加工法を開発しなくてはならない。また、これまでの本連載で整理されてきた、“木の効果”についてさらなる科学的検証が必要な点についても、建築をつくる立場から検証を継続していきたい。

木造・木質化が地域とのつながりを
深化させるきっかけにも

医療施設における木造・木質化は、実験的な取り組みから、経営にメリットをもたらし得る現実的な選択肢に変わりつつある。患者と職員にストレスの少ない癒しの環境を提供し、ブランディングにより患者と雇用を確保し、地域への貢献に資する投資にもなる。

今後の技術の進展により、困難とされている大型の総合病院の全面木造化も可能になるかもしれない。医療機関の特性と経営戦略に応じた木造・木質化の成功のためには、単に木を使うだけではなく、木をどう採り入れ効果的に魅せるかが、今後の設計者の腕の見せどころだろう。一方、建築主には、積極的に木を活用しようという意志の下、木材の使用箇所とすり合わせた運用を継続し、木造・木質化した医療施設を使いこなしていくことが求められる。

林業事業者、製材業者、自治体、設計事務所、建設会社などの川上から川下までの連携による、森林資源と地域経済の持続可能な好循環を、当社では森林グランドサイクル®と呼んでいる。このサイクルに地域の安全・安心を支える医療機関が建築主として加わることで、地域経済の活性化や持続可能なまちづくりの取り組みと地域住民との新たな接点が生まれる。医療機関にとっても、木造・木質化が地域とのつながりを深化させるきっかけとなると期待している。

2026年6月号のトップへ戻る