2026年6月号・REPORT PICK UP
「東京総合医療ネットワーク」の現在地と展望
REPORT首都・東京における地域医療の姿
Pick Up
東京都の地域医療を支える
「東京総合医療ネットワーク」の現在地と展望

土谷 明男 氏
東京の地域医療の質向上を目指して
(公社)東京都医師会(尾﨑治夫会長)が推進する東京総合医療ネットワークは、「カルテをつなぐ、人をつなぐ」をスローガンに、都内の医療機関同士が診療情報を相互参照することで、地域医療の質向上を目指す取り組みとして整備が進められてきた。多大な医療リソースが集まる東京の病院や診療所が患者情報を相互参照できれば、より安全で効率的な医療提供につながるだけでなく、災害時における情報共有基盤としての期待も大きい。一方で、現場からはこのネットワークが「曲がり角」を迎えているとの指摘もある。そこで、本事業を所管する都医師会の土谷明男副会長に、ネットワークの課題や展望について多角的に解説いただいた。
“多対多”の医療連携を
統括する難しさ
ネットワークは、東京都と都医師会、都病院協会および参加医療機関から成る「東京総合医療ネットワーク運営協議会」(尾﨑治夫協議会会長)により運営されている。実務を担うのはネットワーク運営委員会(林宏光委員長/日本医科大学放射線医学教授)で、土谷氏は同委員を務める。
東京都は、医療機関数が非常に多いが、同時に患者の受診行動も流動的であるため、地方のように「基幹病院から地域の診療所」という定型的な連携構造が生まれにくい。いわば“多対多”の有機的な医療連携が求められるという特性から、特定ネットワークが構成されにくく、そのことが本ネットワークへの参加率の伸び悩みという課題につながっている。
また、とりわけ診療所にとって電子カルテ導入やシステム改修には一定のコストが発生し、数百万円規模の負担になるケースもある。しかし、診療報酬上の評価や実務上の利便性を考えた時、果たして投資に見合う効果が得られるのか、実感しにくいとの声は少なくないという。そして、診療情報を「自院の資産」と考える意識もなお根強く、情報共有への心理的ハードルも存在する。

出所:令和7年度第1回東京都医療DX推進協議会(2025年7月9日)資料
クラウド型情報共有への
移行を模索
一方で、患者側の情報リテラシー進展の遅れという課題もある。ネットワークで医療情報が共有されても、患者自身がその利便性を体感する機会は限定的だ。そのため、紹介先で過去の検査結果を参照できる、災害時でも診療履歴を確認できるなどのメリットが、むしろ患者から見ると「いつの間にか情報共有されている」程度の認識にとどまりやすい。「医療DXは、患者理解と丁寧な同意取得が不可欠で、社会的課題を解決するには都や国の力が欠かせない」と土谷氏。そしてもう1つ、国が推進する「全国医療情報プラットフォーム」との技術仕様の違いも、大きな課題だと指摘する。
国はHL7 FHIRという新たな標準規格を軸に全国連携を進めようとしているが、東京総合医療ネットワークは従来型のSS-MIX2をベースとして整備を進めてきた。そのため、医療機関やベンダーにとっては“二重投資”となる可能性があり、将来的な方向性を見極めにくい状況が続いている。
そこで現実的な対策として、新たな「医療情報共有の将来像」を描き始めている。現在のような「医療機関同士を直接つなぐ」方式は過渡期のモデルとして、将来的には患者を中心としたクラウド型情報共有へ移行していくというものだ。患者本人の同意の下、各医療機関がクラウド上の情報を参照する形になれば、施設間接続の負担は大幅に軽減される可能性がある。画像データや検査結果なども含めた包括的な情報共有が実現すれば、真の意味での医療DXに近づくことになる。
ただしその実現にも課題は伴う。「データは誰のものか」「クラウド利用料を誰が負担するのか」といった問題はもとより、そもそも大容量データを扱う通信インフラを誰が整備するのか──。

出所:令和7年度第1回東京都医療DX推進協議会(2025年7月9日)資料
都と連携し
ネットワーク活性化を
取材では、東京都が今後、ネットワーク事業のあり方調査を実施しながら運営体制の見直しを進める可能性が示唆された。
最後に土谷氏は、「医療DXの本質は、単に情報をデジタル化することではなく、効率化によって生まれた時間や人的資源を、患者との対話やケアといった“医療の本質”へ再投資することにある」とし、東京総合医療ネットワークは、まさにその可能性を秘めた基盤であり、その存在意義と将来像があらためて問われる段階に差しかかっている、とまとめた。
(本誌編集長 田中 一夫)
「東京総合医療ネットワーク」をテーマとしたシンポジウムを、第30回日本医業経営コンサルタント学会 東京大会にて実施予定!詳しくはP.29をご参照ください