2026年6月号・REPORT ルポ2
東京都武蔵野市
REPORT首都・東京における地域医療の姿
地域医療崩壊の危機に市が積極的に関与
“オール武蔵野”による再構築に取り組む

病院として存続する体力を失い、維持を断念する中小病院が続出
東京都のほぼ中央に位置する武蔵野市は、人口約14万8,000人(2026年4月1日現在)。中でも吉祥寺地域は、様々なメディアによる「住みやすさ・住みたい街ランキング」で常に上位を占め、世代を問わず人気の高いエリアである。そもそも武蔵野市では、武蔵野赤十字病院をはじめとする10の病院と約170の診療所が連携し、長年この地域の医療を支えてきた(図表1)。人口密度の高い地域に小規模や中規模の病院がバランスよく配置され、日常診療のほか、二次・三次救急、災害医療など緊急時の対応についても、役割分担がされてきた。

出所:武蔵野市健康福祉部健康課吉祥寺地域医療調整担当「吉祥寺地域の医療体制の整備について」
その街が地域医療崩壊の危機に直面したのは2024年のことだ。この10年ほど前から吉祥寺地域では病院の病床廃止や休診、診療所への移行が相次ぎ、300床余りの病床を失っていた(次頁図表2)。中でも大きな痛手となったのが2024年10月に吉祥寺南病院が診療を休止したことだ。受診しやすい病院として地域から頼りにされていただけに住民の不安は大きく、吉祥寺地域では二次救急や災害時に対応可能な病院が1つもなくなった。
武蔵野市では、診療所に移行する病院が最初に現われた2015年頃から、市独自に地域医療構想の検討を開始。2017年に策定した「武蔵野市地域医療構想(ビジョン)2017」では、吉祥寺地域の医療体制の整備を喫緊の課題として挙げていた。その中で、森本病院(2024年4月に診療所に移行)と吉祥寺南病院を合併し、新病院を建設する計画が持ち上がったが、コロナ禍で立ち消えになった。
「事前に手を打つことができなかったので、遅かれ早かれ、このような事態に陥ることはわかっていたが、市としては急転直下の出来事で、強い危機感を持った」と武蔵野市健康福祉部健康課長兼吉祥寺地域医療調整担当課長の加藤文彦氏は打ち明ける。
吉祥寺南病院が診療を休止したきっかけは建物の老朽化に伴う新病院建設問題だ。一般的に建て替えを機に安定経営を目指し、診療科の見直しや増床を検討する必要があるものの、医師や看護師などの人材不足も深刻化し、その確保が見通せない病院は少なくない。さらに、建築資材も高騰を続け、建て替えにかかる高額なコストを賄える医療機関はかなり限られる。
このような事情がある中、加藤氏は、病院を廃業する選択はやむを得ないとの見方を示す。「過去に診療所に移行していった小規模病院の中には、吉祥寺南病院と同様に病院として存続する体力がなくなり、維持することを断念した医療機関は少なくない」と指摘する。決して特殊なケースではないのだ。
| 時期 | 病院名 | 状況 | 減少病床数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 平成27(2015)年9月 | 松井外科病院 | 廃院し、診療所へ移行 | 91床 | 二次救急医療機関 災害拠点連携病院 |
| 平成29(2017)年4月 | 水口病院 | 廃院 | 43床 | 災害医療支援病院 |
| 令和6(2024)年4月 | 森本病院 | 廃院し、診療所へ移行 | 78床 (74床) | 二次救急医療機関 災害医療支援病院 |
| 令和6(2024)年10月 | 吉祥寺南病院 | 診療休止 | 127床 (125床) | 二次救急医療機関 災害拠点連携病院 |
※括弧内は、診療所移行または診療休止時の病床数
出典:令和7年4月1日「コード内容別医療機関一覧表」、各年度報告「東京都における医療機関ごとの病床の状況(許可病床)」
出所:武蔵野市健康福祉部健康課吉祥寺地域医療調整担当「吉祥寺地域の医療体制の整備について」
持続可能な地域医療のために行政がリードする方針に転換
武蔵野市では、吉祥寺南病院の事業継承先(社会医療法人社団 東京巨樹の会)が決定すると、すぐさま「吉祥寺地域の医療体制の整備に関する支援方針(以下、支援方針)」を策定し、この危機に対して行政、議会、住民、医師会、武蔵野赤十字病院をはじめとする地域の病院など“オール武蔵野”で取り組んでいく方向性を示した。
「新病院の建設は民間事業のため、公平性や公正性の観点から従来、行政は必要以上に介入せず見守る立場を取ってきた。しかし、病院は人々の生活を支える重要な社会インフラ。昨今の病院を取り巻く経営環境の悪化を踏まえると、行政が前に出て地域を挙げて取り組まなければ持続可能な地域医療を守っていくのは難しいと認識するようになった」と、加藤氏は支援方針の背景を説明する。
ちなみに武蔵野市では、2025年度に市独自で「地域医療確保緊急支援補助金」と「二次・三次救急医療体制維持・強化補助金」の施策を創設し、市内の6病院への緊急支援を実施している。
今回の案件では、支援方針に掲げられた大目標「吉祥寺地域において持続可能な300床程度の病床数を有する病院の整備」の実現に向け、①事業継承等の支援、②敷地面積確保に向けた市有地の活用等の検討、③都市計画の変更の3つの支援に取り組んでいる。できるだけ早く新病院を建設すべく行政面での手続きを円滑かつ迅速に行えるようサポートすることが目的だ。
「特定の病院に関わる案件は、公平性・公正性の観点からいえば単純に補助金で支援すればよいとはいかない。民間事業者が病院を整備する際、その背中を後押しするような取り組みを協力して行っていくことが行政の役割として必要であると考え、今回の案件では行政手続き面での支援を行っている」(加藤氏)。
吉祥寺地域は、昔から住んでいる高齢者が多く、戸建てが立ち並ぶ住宅街でもあり、今回の建設用地は都市計画において病院を建てられる用地の扱いではない。おまけに旧病院の敷地は狭く、事業を継承する法人は持続可能な新病院を建設する敷地面積を確保するのにも苦労していた。そこで、法人では武蔵野市に対して旧病院に隣接する市の公共施設(吉祥寺南町コミュニティセンター)の土地活用の要望を申し入れ、市では都市計画変更も合わせて検討を行い、用地確保に協力した。これが②と③の支援だ(図表3)。

<新病院の規模>
【A敷地】地上4階・地下1階(健診エリア、管理エリア、駐輪場エリア)
【B敷地】地上5階・地下1階(診療・救急・リハビリエリア、病棟・診療支援エリア、病棟エリア、病棟・リハビリエリア、手術・供給・駐車場エリア)
<新病院の診療機能>
- 二次救急医療病院
- 災害拠点連携病院
- 急性期病床:80床程度
- 回復期病床:170床程度
※診療科については、高齢者の多い地域であること、法人の強みであるリハビリを生かして脳外科、整形外科など外科系が想定されているが、住民のニーズとして挙がっている総合診療科なども検討されている。
出所:武蔵野市健康福祉部健康課吉祥寺地域医療調整担当「吉祥寺地域の医療体制の整備について」
こうした行政面の手続きを約2年かけて行い、新病院の建設は2027年4月着工を予定し、2029年度中の開院を目指している。「建築資材の高騰による建設費の増大、東京都の地域医療構想に伴う必要病床数の見直しなど新病院の開院に向けて課題は多い。ただ、都市計画の変更やコミュニティセンターの移転という前例のない手続きがあった中、建設の土台づくりは順調に進んでいるという印象で、これも最初に支援方針で“オール武蔵野”を打ち出した効果が大きいと考えている」と加藤氏は評価する。
多様なニーズを持つ住民との合意形成の調整が市の課題に
一方で、「地域住民の声を拾い上げ、新病院の建設計画に反映させることは行政が最も取り組むべきことであると考えている」とも。市では、吉祥寺地域の住民はもとより市全体の住民を対象に説明会を開催し、その声に耳を傾けてきた。
地域住民の中には「事業継承先が決まり、旧病院の建物もあるのに、すぐに診療を再開できないのか」という思いを持つ人が少なくなく、新病院の開院が5~6年先と知り、がっかりする高齢者も多かった。また、「この地域に病院がほしい」というニーズは一致しているものの、その規模、診療科を含めた診療機能に関する意見や要望はバラバラで、不足している小児科や産婦人科の設置を求める声、300床規模になると受診に紹介状や選定療養費が必要になり、“敷居の高い病院”に変わることを心配する声、風邪や頭痛など日常的な疾患で気軽に受診できなくなることを懸念する声などが寄せられた。
“市民自治”を掲げて市政を運営してきた武蔵野市では、行政に対する住民の信頼が厚く、民間事業であっても市からの説明を求める声が強いという。住民との合意形成をどのように図っていくのかも、市の課題の1つ。加藤氏は「住民全員が納得することは困難だが、少しでも納得感を持ってもらうために、様々な場面で情報発信と情報共有を継続して行っていくことが重要」と強調する。
同時に、吉祥寺地域の医療ネットワークづくりにも着手する必要がある。持続可能な地域医療を実現するために、新病院を中規模病院に転換することで、住民側からも心配する声が出ているように、以前と比べて受診しづらい医療環境になることは必至だ。「住民に安心して暮らし続けてもらうには、かかりつけ医となる診療所と新病院の医療連携がより一層重要になってくる」と加藤氏は指摘し、医療関係者が医療ネットワークづくりに注力できるよう行政も支援していく意向を示す。
現在、武蔵野市域の救急医療は基幹病院である武蔵野赤十字病院を中心に近隣の病院がカバーし、休日診療は武蔵野陽和会病院が受け入れを拡大、医師会も輪番制の診療所を増やして対応している。「このピンチを通して武蔵野市の地域医療連携が強化されているようにも感じる。行政としても引き続き、必要な支援と情報共有をしながら地域で補完し合える医療体制を深めていきたい」と加藤氏は語る。
都内でも病院整備に積極的に関与する自治体が増えている
地域に根ざした診療活動に取り組んできた小規模病院が街から消えていく――。こうした事態は、今後も次々に起こり得ると武蔵野市は警戒する。医療行政は本来、国や都道府県などの広域で取り組むべきものであり、それは市区町村関係者も十分に認識しているものの、近年、都内の自治体でも武蔵野市と同様に病院の整備に積極的に関与する動きがみられる。手をこまねいていては地域医療が崩壊する恐れがあるからだ。「行政の支援については同じ条件であれば、どの病院にも適用できる普遍的な仕組みにしていくことが重要」と加藤氏は方向性を示す。
医療資源が豊富といわれる東京都も、民間主体であるがゆえに、特に地域に根ざした医療を展開してきた中小病院が自力で存続できない状況に陥っている。そして、地域医療を維持するには市区町村クラスの自治体の積極的な支援や協力を必要とする時代に突入していることを、武蔵野市の取り組みは示唆している。
(医療ライター 渡辺 千鶴)